軽い運動を短時間しただけで記憶力を高められる 脳を標的とした運動プログラムの開発へ 筑波大

2020年11月18日
 筑波大学は、ゆっくりしたペースのウォーキングやヨガのような「超低強度運動」を10分間行うと、その直後に記憶力が向上することを明らかにした。
 運動により、脳の学習・記憶に関わる部位である海馬の活動が活発になり、記憶システム全体が向上することが、最先端の機能的MRIによって実証された。
 今後は、高齢者や低体力者でも行える、脳をターゲットとした軽運動プログラムの開発が期待される。
ゆっくりペースのウォーキングやヨガで脳を活性化できる
 運動は、体力の維持・増進だけでなく、脳、とりわけ学習・記憶を担う海馬にも有益な効果をもたらすことが最近の研究で分かってきた。運動を認知症の予防策として利用する試みも注目されている。

 筑波大学の研究グループは、ゆっくりしたペースのウォーキングやヨガのような軽運動をなぞらえた「超低強度運動」により、海馬を中心とした記憶システムが活性化し、記憶力を向上できることを、ヒトを対象に行った実験で明らかにした。

 これまで、成体の脳では神経細胞は減少するのみで再生はしないと考えられてきたが、最近の研究では脳の限られた領域で、新しい神経細胞が産生されていることが確認されている。

 新たに生まれた神経細胞は、既存の神経回路に組み込まれることで、機能的に働き、学習・記憶能など重要な役割を担っていると考えられている。
運動は脳の海馬で神経新生を増やす
 運動は海馬の歯状回と呼ばれる部位で新たに生まれる神経細胞を増やすことが分かっているが、どのような条件が最適かは分かっていなかった。

 研究グループはこれまで、独自に開発した運動モデルを用いて、ストレスの少ない軽運動でも、脳の学習・記憶を担う部位である海馬を刺激し、新しく生まれる神経細胞の数を増やす効果を得られることを明らかにしている。

 しかし、海馬は脳の中心部にある小さく複雑な部位なので、ヒトでの検証は難しかった。

 そこで今回の研究では、ヒトを対象に、最先端の機能的MRI(核磁気共鳴画像法)の技術を駆使して、脳を高解像度で可視化するのに成功した。

 研究は、筑波大学体育系の征矢英昭教授、諏訪部和也研究員、ビョン・キョンホ助教、同大学システム情報系の山海嘉之教授、鈴木健嗣教授、米国カリフォルニア大学アーバイン校のMichael A. Yassa教授(筑波大体育系教授)らの研究グループによるもの。

関連情報
最先端の機能的MRIを駆使して実験
 「超低強度運動」とは、最大酸素摂取量の37%以下の強度の運動のこと。心拍数は若齢者でおよそ100拍/分以下で、高齢者でおよそ90拍/分以下になり、かなり楽だと感じる程度だ。

 研究グループは、超低強度運動を10分間行った直後と安静後に、記憶課題に取り組んだ際の脳の活動を、機能的MRI技術により高解像度で可視化し、比較した。

 共同で研究を行ったカリフォルニア大学アーバイン校の研究グループは、高磁場MRI(3テスラ)で撮像した高解像度の画像を正確に領域区分することで、海馬の神経活動を歯状回などで定量できる技術を世界に先駆けて開発している。

 研究グループは、健常の若齢成人36人を対象に、運動と安静の条件の2回の実験を、無作為に割り当てた順序で行った。運動条件では、10分間のペダリング運動直後(5分後)にMRI装置の中で記憶テストを行った。安静条件では、運動の代わりに座位安静の後、記憶テストを行った。

(A) 実験の流れ。実験参加者は運動条件と安静条件の両方をそれぞれ別日に行った。

(B) 記憶課題の説明。日常生活で目にするような物体の写真を見せ、それ以前に提示した物体と比べて、①全く「同じ」か、②「似ている」が全く同じではないか、③「初めて」出てきた物体か、の3択で回答させた。類似物体を同じではなく「似ているが違う」と弁別できた割合から記憶能を評価した。

(C) 記憶課題の結果。超低強度運動後に記憶課題を行ったときの方が、記憶力が向上し、類似物体に対して「似ているが違う」と正答できた割合が増加した。

出典:筑波大学体育系、2018年

記憶力の低下した高齢者のための軽運動プログラム開発に期待
 その結果、超低強度運動が海馬を活性化し、とくに海馬歯状回を中心とした記憶システム全体を上方制御することで、記憶能を向上することが明らかになった。

 これは、ゆっくりしたペースのウォーキングやヨガ、太極拳のような軽運動により、海馬を刺激でき、脳の機能を向上できることを示したはじめての知見となる。

 「学習の前に行う短時間の軽運動は、記憶力を高める脳のコンディショニング法として役立つ可能性が考えられます」と、研究者は述べている。

 「今後、研究成果を足がかりにして、記憶力の低下した高齢者や低体力者でも行える、海馬をターゲットとした軽運動プログラムの開発が期待されます」としている。

 研究成果は、米国科学アカデミー発行合科学誌「PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」に掲載された。

筑波大学 体育系 運動生化学研究室(征矢研究室)
Rapid stimulation of human dentate gyrus function with acute mild exercise(PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America) 2018年10月9日)

[Terahata]